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つくりたい未来が想像できた日

本日は、小学校4年生と障害をお持ちの方や支援者との交流会がありました。

地域で自分らしく暮らす障害をお持ちの方のおはなしを伺い、感想を後日記入する往々にある一方的な総合授業ではなく、様々な障害をお持ちの方や支援者15名と生徒150名の大交流会をする双方向的な総合授業。生徒にはもちろん、僕にも気付きがありました。

ぼくは支援者という言葉が苦手でした。上下関係が発生しているみたいで。自然ではなく特別なものに昇華しているようで。だから、自分から発信するときは支援者ではなく伴走者としていました。今回の授業を通し、支援者への苦手意識が少し和らぎました。支援者という専門性をしっかりと担保することが、支援者の地位を高めることにつながり、子どものなりたい職業に「介護者/支援者」が出てくるのではないだろうかと思うようになりました。もちろん今後も支援者/伴走者を使い分け、福祉の一般性と専門性を尖らせるミッションはぶれずに持ち続けます。

さて、もう1つ気付きを。

支援者のテーブルと障害者のテーブルで決定的な違いがありました。それは、生徒の前のめり感です。支援者のテーブルではゲストが進行し、おしゃべりの時間をつくっていましたが、障害者のテーブルでは生徒が積極的に質問したり、立ち上がっておはなししたりと前のめりになっていました。

呼吸器をつけている人とUSJに行ったとき、とある家族が話しかけてきました。親は「危ないからストレッチャーに触っちゃだめよ」と消極的でしたが、子どもは興味津々に「これ、どうなってんの?」や「この機械ってなんなん?」と積極的に接してくれました。大人になるにつれ、いくつものバイアスが掛かり、関わったことがない人や触れたことがないものに対して身構えてしまうのだと思います。でも、多くの子どもたちは好奇心のまま、関わっていくし、触れていく。

だからこそ、今回の機会は非常に価値のあるもの。得ただけの情報が障害をお持ちの方とおはなしした経験を通し、生の知識や経験に変わっていく。まちで出会ったときに挨拶を交わしたり、会話が生まれたり。そして、彼らがこれから障害をお持ちの方と出会うときに、偏見なく普通に接するようになっていく。

そんな未来が想像できる時間でした。友達のゆきちゃんの夢がみんなの夢に変わった瞬間は震えました。そして今日、みんなの夢が実現し、1つの文化が動き出す、歴史的な日。本当にそう思えるくらい良い日でした。

(文・世古口 敦嗣)

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