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障害を「持つ人」と「持たない人」

 「ミーツの学校」(ミーツ・ザ・福祉の一環の取り組み。イベント当日だけではなく、日常からさまざまな「違い」「障がい」と関わろうということで、交流や学びに関する企画運営を行っています)で色んな人の話を聞いています。いつの間にか「みんなのサマーセミナー」とかでも実施されていたりして、全部の話を聞けたわけではないのですが、聞くたび、聞くたびに新たな気づきが毎回あります。それは聴覚障害を持つ私にとって自分のことだけを考えてはいけないと再認識させられる瞬間です。

 その中で最近気がついたこと。普段は、私たち障害者の対極にある人のことを「普通の」人、「障害を持たない」人、という言い方をしています。しかし実は障害を「持たない」のではなく、「持てない」人というほうが的確なんじゃないかという気がしています。

 人生半ばで障害者になった方がよくおっしゃるのは、「視野が広がった」「気づいていなかったことに気がついた」という言葉。親の立場になって自分の親が何を考えていたのかよくわかるようになったと多くの人が言うように、自分の立場が変わることで色んなことが見えてきたという人は実に多いと思うのです。

 それは逆に言えば「普通の人」は視野を広げられないままでいるということ。何か特別な体験をしない限り、視野が広がらない。この短い人生で視野を広げないことほど、もったいないことってあるんだろうかと思うのです。視野を広げれば考えも深くなれるし、他人により優しくすることもできる。

 それが乗じてまちが、社会が、誰に対しても優しくなれるような気がする。自分がまだまだなのが情けないけれど、少しずつでも良いからと思っています。

 

 ミーツに出会ったことは、自分にさらなる成長をさせてくれたという意味では私の大きな財産です。周りは聞こえる人ばかりで、なかなかコミュニケーションがスムーズにとれないけど、話すのも、関わるのも面倒だとは思わない。少しずつ、関係を作っていけるような気がしています。

(寺岡 睦・てらおか まこと)