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ちがいを越えた先にあるもの

私はお酒が好きだ。

酒席の場でツッコんだり盛り上げたりするのが好きだ(たまに羽目を外して失敗するけれど…)。

飲み会と聞けばだいたい顔を出す私が、先日参加したのが「ミーツゆる飲み会」。

“ゆる飲み”だから適当に飲むだけよね、となんの心づもりもせずに行ったら、今日は喋るの禁止ですよ、とホワイトボードとペンを渡され。

なにそれ聞いてない。全然ゆるくないやん。

筆談で進む会話になかなかついていけない。ちょっと目を離すともう全くわからない。

ようやくつかんだ話の流れで『あ、それツッコミたい!』と思ってペンを手にとっても、書き終わる頃には話題が終わってることもしばしば。

もやもや、もやもや…

でも途中で気がついた。

耳が聞こえない人にとっては、目の前で行われてる会話についていけない、このもやもやが日常茶飯事なんだなと。

ゆる飲み会に参加していた聴覚障がい者のTさんは、普段飲み会には行かないそうで、理由は『酔うとみんな配慮がなくなるから』。

筆談したり、口を大きく開けてしゃべったりするのを、お酒が入るとみんな忘れてしまって、居心地が悪くなってしまうそう。

あとでその話を聞いて、悲しいし、もったいないなと思った。

というのも、

ゆる飲み会が進むにつれ筆談に慣れてくると、軽快なやりとりが飛び交うようになり、周りのツッコミに応酬するTさんはめちゃくちゃ面白かったからだ。

恋愛ネタやしょーもない話で盛り上がるのはみんな共通だし、「普通」の、確かに“ゆるい”飲み会だった。

人それぞれにちがいはあって、ちがいを乗り越えるのが時にハードル高く感じることもあるけれど、ちがいを越えた先ではみんな一緒に楽しんで、共感して、認め合うことができる。

そんな瞬間をたくさん詰め込んだのが「ミーツ・ザ・福祉」。ぜひ、遊びに来てください。

(文・立浪雅美)

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